老いゆく人の生きがいとは

Posted in 生きがいとは  by: まみ
9月 29th, 2009

日本は、世界一の長寿国となりました。

高齢化がどんどん進んでいます。核家族の増加とともに、たくさんの高齢者が孤独、寂しさの中に生きています。

そんな中、私たちはどのように生きがいをもって生きていけばいいのでしょうか?

2009年の9月、総務省の発表によれば、既に国内の女性の人口では、およそ4人に1人が65歳以上だそうです。まさに超高齢化社会です。退職後の人生をどう生きればよいか、生きがいを模索する人も増えています。

かつて文部省で、学習指導要領の作成にも当たった教育学者の上田薫さんは、以前、朝日新聞の連載で、このように述べていました。当時、上田さんは82歳でした。

「私はいま元気ですが、やがてボケも骨折も起きようし、限界は見えている。希望がない。容赦のない生殺し、いや、いつ出られるか分からない牢獄です。多くの老人が生かしようのない『ゆとり』の中にいる」

体験した人のみが知らされる実感でしょう。上田さんは、さらにこう続けます。

「先哲の書物にはいろいろ書いてあるが、この時代に通じるのでしょうか。(略)宗教にしても、本当に有効なのか。禅堂や修道院の世界もあるが、日常の中での生身の悲しみや孤独とどれだけぶつかっているか、考え直す必要がある。(略)『教育基本法改正』などといっている場合じゃない。(略)孤独や死や不安に人間や社会がどうかかわるべきか、差し迫った問題がある」

知識人たちも、孤独を乗り越え、生きていくための生きがいを模索しているようです。生きがいには、老いゆく人の未来に希望を持たせる力がどれほどあるのか、検証の必要があるようです。

生きがいを見つける!いじめの相談。

Posted in 生きがいとは  by: まみ
7月 10th, 2009

親鸞会の知人は、よくいじめの相談を受けるのだそうです。

いじめと言っても、被害者だけじゃなく、加害者の人からの相談まで。

そしていじめは子供だけじゃなく、大人の世界でもありますよね。

例えば職場や、近所の人からのいじめもありますよね。

どこの世界に行っても、自分と合わない人は必ずいます。

そしてそれがキッカケとなっていじめのターゲットにされてしまうこともあるんですよね。

大人ですから言葉を選んでいるつもりでも、つい悪気もなくでてしまった言葉を

他の人は悪い方に受け止めてしまうこともあるかも知れません。

何かしらの生きがいを持っている人であるなら、そういったことでも

寛大に受け流せる気持ちになれるかも知れません。

でも自分を信じる為の生きがいというものがなく、

人の悪いところばかり気が付いてしまう人は結局そこから

いじめのターゲットを作ってしまっているのかもしれません。

その本人も実はいじめられた経験があって、昔の自分をかわいそうだと思い、

なんで私だけ!という思いで誰かに仕返ししたいという気持ちも

もしかするとあるのかもしれません。

生きがいを見つけることは大事です。自分に自信を付ける為にも。

そしてその生きがいを守る為に自分の行動を理性で抑えられることもあると思います。

生きがいはなぜ大事か、いじめの相談があるごとに知人は

『生きがい』の意味について話しているのだそうです。

そんないじめに関する相談をしに人はどういった思いで帰っていくのでしょうね。

自分を見つめ直すきっかけになればいいですよね。

生きがいを持てば自信がつく

Posted in 私の生きがいとは  by: まみ
6月 11th, 2009

人は生きがいを持てば、必ず自信がつき、生きている意味が見えてくる気がします。

大きな強い生きがいを持つことで、それが柱となって何も動じない自分になれるのだと思います。

いじめの体験から、心の病を抱えてしまう人いると思いますが、

とにかく言えることは生きがいを持つこと。

心の病は自信の無さからうまれてしまうのだと私は思います。

私は昔本当に精神的に弱くて、いじめられたから学校を休もうとか、

面倒くさいからもう死にたいとか、しょっちゅう考えていました。

でもそれは自分に自信がなかったからだと思います。

生きがいがないから自信がない。自信がないからすぐ心が折れて、

人の言うまま「そうなんだ」と受け入れてしまっていたのだと思います。

同じ血を持っているのに、それと対象に私の母はすごく強かったです。

人から何を言われていようが自分が間違っていないと思えることなら気にもならない。

言いたい人には言わせておけばいい。

あんたは人の言葉に振り回されて、自分の気持ちはどうなの?意見はないの?

とよく言っていました。母は強いなと思いますし、今でもすごく尊敬しています。

私も昔から、批判されるのが嫌で友達の意見に合わせたり、

自分の主張ができないことには、ひそかに嫌気がさしていました。

変わらなくちゃ!何か生きがいがほしい!と思っていた時期もあります。

生きがいを見つけれたのは子供を授かってからですが、

本当に生きがいって大事なんだなと今となってはすごく感じます。

母は弱音をはく人ではなく、いつも強がっている人だったけど、

そのおかげで私達は余計な心配もせずに育ってこれたのだと思います。

子供の前で絶対弱音をはかない、母のようになりたいと思っています。

子供の存在が私の生きがいですが、私はその気持ちであることも

私の生きがいになっているのだと最近思うようになりました。

親鸞会がそれを私に教えてくれたのだと思います。

生きがいと死ぬ覚悟

Posted in 生きがいとは  by: まみ
5月 16th, 2009

死んだらどうなるか考えたことはありますか?

生きがいを見つけるというのは難しいことかもしれませんが、

生きがいというのは日常のちょっとしたことでもいいと思います。

お酒が大好きな人なら、『俺は酒飲んで寝るのが生きがいだ!』

というのでも全然OKだと思います。その人の生きがいはお酒なのです。

『もう子供も大人になったし、何を生きがいにしていけばいいのか・・・』

と思っている人なら、これからは自分の趣味や娯楽を

『生きがい』にしていけばいいと思います。

辛くて辛くて死んでしまうことを考えるよりも、

生きていいことを見つけるまでは死ねない!くらいの気持ちでいるべきです。

人生80年と言いますが、いつ何が自分の身に起きるかわからない。

明日死ぬかもしれないのに今日死んだらもったいなくないですか?

明日になったら死んでしまうかもしれない・・・くらいの気持ちで

全力でやりたいことをやるのも素敵なことだと思います。

せっかく子育てという大仕事を終えたり、

人生かけてきた仕事も定年を迎えることができたのですから、

これからは今までならできなかった何かを、ひとりの時間や夫婦の時間を

存分に楽しんでほしいと思います。

生きがいはそういったことでいいのではないかと思います。

私も今は子供が生きがいですが、子供が一人前になり家を出ていったら

私は次の生きがいを探すと思います。

それでも、もちろん子供もずっと私の生きがいでしょうけどね。

もしかしたら子供の子供、つまり私の孫も私の生きがいになるかもしれません。

どんなに普通のことでもことでも、生きがいに変わってしまうのだと私は思います。

こんな考えになれたのは親鸞会の人と出会えたおかげだと思っています。

親鸞会では仏教の教えや親鸞聖人のことなどのことをよく話していただきますが、

その深層には人間のあるべき姿や生き方を教えていただいている気がします。

生きるとはすごいこと。生きがいを見つけるのは誰の為でもない

自分の為なんですよね。死ぬ時は誰でも1人になる。

どうせ1人になるのなら、自分の為に生きがいを見つけ、

生きがいを感じながら自分の為に人生を全うするというのが理想だと思います。

生きがいを見つけてほしい

Posted in 生きがいいろいろ  by: まみ
5月 6th, 2009

生きがいについてなど調べていると自殺サイトの問題がふと頭に思い浮かびました。

自殺サイト・・・その内容によるのですが、とっても悲しいサイトですよね。

中を見ているといじめの問題なんかもやっぱりあって、

いじめはずっと永遠になくならないのかなと思うとすごく悲しくなりました。

自殺まで考えるくらい追い込まれるいじめは受けたことがないですが、

高校時代にいじめられたことがある私は、自殺サイトに書き込んでしまうくらい

追い込まれている気持ちも全くわからなくはないです。

でもせっかく授かった命を、自らなくすということはどうなのかと思います。

(思っているだけじゃだめなんですけど・・・。)

生きがいを見つけてください。

自分が死んで悲しむ人なんていない・・・と思っている人。それは絶対にないです。

人が死んで悲しむ人が1人もいないというのはありえません。

誰かも知らない見たこともない人がニュースで亡くなったと聞いても悲しむ人はいます。

それが身内なら尚更ですし、直接の友達ではない知り合い程度であっても、

近所の人であっても、昔の職場の人であっても、悲しいものは悲しいのです。

悲しむ人がいるとわかれば自殺を考えなくなるというのなら、

自分が死んだら、今までかかわってきた人を思い浮かべてください。

誰が悲しむかよく考えてみてください。

生き別れた子供、または親がその死を知れば絶対に悲しみます。

ずっと連絡が途絶えていた友達がなくなったと聞いて何も思わない人はいますか?

昔付き合っていた人が死んだと聞いて何も思わない人はいないと思います。

生きがいが何かもわからずに死んでいくというのなら、

人とのつながりを生きがいにするのもいいと思います。

生きがいと辛い現実

Posted in 生きがいいろいろ  by: まみ
4月 27th, 2009

恋人に裏切られたのなら「その人は自分の生きがいなんかではなかった」とか

「自分にはもっといい人が待っているからこの別れがあったのだ」と思うとか、

「私を裏切るということはこの人は本当の友達じゃなかっただけだ」とか

「本当の友達を見つけなきゃ!」と思うことが大事だと思います。

生きがいをなくした、心から傷ついた自分が立ち直る方法はいろいろあると思います。

もちろん裏切られてすぐに誰かを信じる・好きになる、なんてことはかなり難しいです。

辛い現実から逃げれるものなら逃げたい・・・でも、逃げられないことも現実なんですよね。

生きるとはどういうことなのか?

それは私もよくわかっていません。でも子供の為に今は絶対に死ぬわけにいかない。

ちゃんと生きて子供の成長を見届けたい!

そんな私の生きがいがあるから辛いことにも立ち向かえるのだと思うんですよね。

生きがいがあるというのは本当に強みだなと思います。

かといって子供ができれば生きがいが得られる!というのは違うと思いますが。

ある人の言葉で、

「大きな生きがいを得たいのなら、辛いことに耐えられる覚悟もなくてはいけない。」

というのを聞いたことがあります。それを聞いた時は

【私の生きがい=子供=子育て=辛いこともたくさん】だと思いました。

子育ては楽しいことばかりではないです。辛いことも沢山あります。

私は子供を育てている時に一番頼りになるであろう、

一番頼りたいであろう母親を亡くし、子供が熱を出しても頼る人もいません。

私は幸い職場に恵まれているので休みは取れます。

でも職場にも恵まれず、頼る人もいなくて、たったひとりで頑張っている人は

特に子育てが辛いと思う人もいると思います。

でも誰も子供の存在が苦痛ではないんですよね。

生きがいには変わりないのです。でも、ただ生きがいが得られる!

という意味だけで子供を欲しがるのは間違っていると思います。

子供がいない人も、何かしらの生きがいが必ず得られると思います。

生きがいがない?辛い現実と向き合う

Posted in 生きがいとは  by: まみ
4月 4th, 2009

人間関係が面倒くさい・・・働くのが面倒くさい・・・

生きがいがないから、生きること自体が面倒くさい・・・

私が死んでも誰も悲しまないのではないか?と考えてしまう人は多いそうです。

昨年度から徐々に深刻になってきている今のこの戦後最大だと言われている

景気悪化の影響で、今までン十年も会社の為に尽くして頑張ってきた仕事なのに、

なんともあっさりリストラされてしまった・・・

もう生きがいもなくなったし、私なんか生きていても意味がない。

苦しさがこんなに続くのならいっそ死んでしまいたい・・・。

こんな悲しいことが頭によぎり、自殺を本気で考えてしまうケースも

少なくないのが今の現実なんですよね。

中には生きるのは面倒くさいと思いながらも、死ぬのはすごく怖いと思っている人もいるでしょう。

景気が悪化したことを恨んでも、景気悪化の原因となった出来事を恨んでも仕方ないですよね。

もちろん景気悪化のことだけじゃなく、恋人に裏切られたとか、信じていた友達に裏切られたとか

色々な悲しい出来事がキッカケで生きがいをなくしてしまう人もいるでしょう。

生きがいをすぐに見つけてください!とは言いませんが、

あなたにとって本当にその会社だけが生きがいなんでしょうか?

裏切られた恋人だけがあなたの生きがいだったのでしょうか?

私はことが起こるには、必ず何かしらの意味があるのだと思います。

悪いことが起こったのならそれは私への試練なんだと。

いいことが起こったのならそれは私への御褒美なんだと。

いろいろ意味があるのだと勝手に解釈しています。

“生きがい”もいろいろ

Posted in 生きがいいろいろ  by: まみ
3月 28th, 2009

「自分には生きがいがない」と悩まない為にはどうしたらいいでしょうか。

“生きがいがない”と悩む人の為の対策は、大きく分けて2つあると思います。

まずひとつは、「生きがいがない」と思い過ぎないようにすることだと思います。

その人が悩んでいるかどうかの状況にもよるのですが、たとえば今現在、不幸だと思う状況にいる場合。

その不幸なことが、もしどうにかできそうなことであれば、その問題の解決を目標に努力すること。

目標は生きがいへと変わる場合があります。

そしてどうにもできないと思うのであれば、過去の不幸として考え、その不幸を幸せに変えること。

そして今現在、特に不幸だと思うような状況ではないという場合は

「生きがい」という言葉のために悩まないこと。幸せに暮らせれば特に「生きがい」にこだわらなくても・・・

という人は、自分が幸せだと思えるように暮らすことを心がけることが大事だと思います。

それでもどうしても「自分に生きがいがなくちゃイヤだ!」という人なら、生きがいを探せばいいのですが

その際には「絶対に生きがいを見つけなきゃ!!」と頑張るのではなく、

「自分にも生きがいが、いつか見つかればいいな~」くらいの軽~い気持ちで、

あせらずに時間をかけて、探すのがいいと思います。

生きがいはあった方が頑張れるし、いいのかもしれませんが、

生きがいを一生懸命になって探してストレスに感じるようであるなら

むしろなくてもいいと思うので、一生懸命になって「生きがいを見つける!」

と意気込むのはやめた方がいいと思います。

生きがいを持ちなさい

Posted in 私の生きがいとは  by: まみ
3月 1st, 2009

私は高校の時の一部の先生から下の名前で呼ばれていました。

みんなの前では名字で呼ばれるのですが、個別で話すときは必ず名前で。(呼び捨てでしたが)

私は当時、名字にさんづけする呼び方で『〇〇家の人』みたいな感じが嫌いだったので、

下の名前で呼ばれることは、私というひとりの人として扱ってくれたような感じがしてすごく嬉しかったのです。

まぁ先生はそこまで深く考えて呼んでいたわけではないと思いますが・・・。

そしてその先生から卒業式の時にもらった手紙の話に戻りますが、

手紙の内容に「〇〇(私の名前)に生きがいはありますか?なければ生きがいを持ちなさい。

生きがいを持つことで必ずあなたは強くなれます。」と書かれていました。

当時は「私は弱くないし、強くなりたいなんて言ってないのに何でだろう?」と思っていたのですが

その先生は当時の「私の弱さ」をちゃんとわかっていたんだろうなと思いました。

自分の生きがいについては当時はよくわからなかったのですが

今となってはこの言葉は本当によくわかります。

当時は生きがいなんて持っていなかったから、嫌なことからもすぐ逃げていたんだと思います。

親になって「子供」という生きがいをえた私は、本当に昔の私ではありえない強さを手に入れたと思います。

生きがいは「見つけよう!」と思って見つかるものではないと思いますが、

このために自分は頑張れる!とか、これをしている間が一番楽しい!とか

そういった気持ちがキッカケで、自分の本当の生きがいになるのかもしれませんね。

生きがいを見つけよう

Posted in 生きがいとは  by: まみ
2月 18th, 2009

生きがいがないという人はまず、自分の生きがいとは何かを発見することから始めましょう。

自分には生きがいなんてないと思っていても

実は知らず知らずに「生きがい」となっているものがあるかもしれません。

それは人によって違うでしょうけど、例えばそれは音楽だったり、趣味だったり、

自分なりの特技だったり・・・いろいろな生きがいがあると思います。

好きだけど「生きがい」と言える程好きではないし・・・と思うものもあるかもしれませんが

生きていく上で「これは自分にとって絶対になくてはならないな!」

と普通に思うものでも、実は自分にとってかなりの生きがいになっているかもしれません。

私は高校の時にいじめられた経験があります。

その時は生きがいなんてなく、何しても面白くもなんともない日々に感じていました。

ただ友達と遊んでいる時と寝ている時だけが楽だと感じました。

高校では校則を守らなかったり、学校を休んで遊びに行ったりして、

よく先生に怒られたりしていて、みんながやりたくても我慢していることも

私のまわりの一部の人だけ、怒られながらも懲りずに自由にやっていたりして。

まじめに学校の規則を守っている人にとって私達は嫌な存在だったのでしょう。

学校の風紀を乱している私達を追い出そうとしている先生は

私達を無視したりするようになりましたが、先生の中には本気で私を心配している先生もいて、

今思えば自分は先生達はもちろん、まわりにもいっぱい心配をかけてきたなと思います。

先生が本気で私を心配してくれたと知ったのは卒業式の日でした。

私が過去に先生に何気なく言った言葉や、その時先生はどう思ったか、

先生から個別で手紙をもらい、その中の言葉に感動し、

私は初めて先生に「今までごめんなさい、ありがとう」と言いました。